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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6582号 判決 1969年2月03日

原告

大里岩雄

代理人

海老原茂

ほか二名

被告

安田火災海上保険株式会社

代理人

平沼高明

主文

一、被告は原告に対し金八二万四〇七〇円およびうち金二〇万円に対する昭和四二年六月三日から、うち金五万円に対する同年九月二四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告―「被告は原告に対し五一万五三〇〇円およびこれに対する昭和四二年六月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いならびに同年八月から昭和四五年まで毎月五万円宛、同年八月一日限り八万五〇〇〇円の支払いをせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言

二、被告―「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二、請求原因

一、(保険契約)

昭和四一年三月二三日正午頃、原告は被告の代理人である訴外服部モータースこと服部暉生との間に左記要旨の自動車保険契約を締結した。

(一)  保険契約者 原告

(二)  保険期間 昭和四一年三月二三日から同四二年三月二三日午後四時までの一年間

(三)  保険の目的 原告所有の自家用乗用自動車(足立五ね七五九〇号、以下甲車という。)

(四)  賠償額 対人賠償 二〇〇万円

対物賠償 二〇万円

二、(事故の発生)

昭和四一年三月二三日午後九時五五分頃、東京都江東区深川白河町一丁目八番地先交差点(以下本件交差点という。)において、原告の長男である訴外大里武雄(以下武雄という。)の運転する甲車と訴外坂本正人(以下訴外正人という。)が運転し、訴外坂本なか(以下訴外なかという。)が後部座席に同乗していた自動二輪車(以下乙車という。)とが衝突し訴外正人は脳震盪症等の傷害を負つた。

三、(即決和解)

原告は昭和四一年四月一二日から六月一六日までの間に、訴外正人、同なかに対し三一万五三〇〇円を支払つていたが、昭和四二年五月三〇日原告と同訴外人らとの間に即決和解が成立し、原告は同訴外人らに同年六月二日二〇万円を支払い、その後同年八月以降昭和四五年七月まで毎月末限り五万円宛、同年八月末日限り八万五〇〇〇円の損害賠償責任を負うことになり、右賠償金の支払いを履行する積りである。

四、(結論)

よつて原告は被告に対し第一項記載の保険契約の履行として、原告が訴外坂本正人、同なかに対して支払ずみの五一万五三〇〇円および最終支払日の翌日である昭和四二年六月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いならびに右和解に基づいて支払うべき同四二年八月以降同四五年七月まで毎月一日限り五万円、同年八月一日限り八万五〇〇〇円の支払いを求める。

第三、請求原因に対する認否

一、請求原因第一、二項の事実は認める。

二、同第三項の事実は不知。

第四、被告の抗弁

一、不実記載

原告は、自動車保険金請求書に本件事故が昭和四一年四月一〇日午後九時に発生した旨、また人身事故はない旨記載して、自動車保険普通保険約款第三章一般条項の一一条三項に違反して、同条一項二号に故意に不実の記載をした。それ故被告は賠償の責に任じない。

二、未承認

かりに右抗弁が認められないとしても、前記一一条一項七号に規定するように、原告は被告の承認を得ないで損害賠償責任を負つたものであるから、同条二項により被告が損害賠償責任なしと認めた部分を控除したものが被告の填補額となるのである。しかるに原告が行つた即決和解の実情は、原告の長男を実刑から免れさせるために損害額の算定にあたり逸失利益についてその確たる証拠もないまま、また過失相殺の配慮もなさずに過大な額の支払いに応じたものであり、原告の本訴請求は失当である。

三、自賠責保険金の支払い

訴外坂本正人、同なかは自賠責保険金を各三〇万円宛受領した。その支払日は、次のとおりである。

昭和四一年五月九日五万円(正人)、同月二七日五万円(正人)、同四二年七月二五日二〇万円(正人)、同年五月九日五万円(なか)、同年八月八日五万円(なか)、同年一二月二九日二〇万円(なか)。

第五、抗弁に対する認否

一、不実記載の抗弁に対して

自動車保険金請求書の事故発生日時欄に、昭和四一年四月一〇日午後九時という記載および人身事故はなかつた旨の記載のあることは認めるが、その余は否認する。すなわち右保険金請求書は被告代理店服部モータースの方で作成したものであり、原告はは何ら関知しないところである。

二、未承認の抗弁に対して

原告が未だ被告の承認を得ていないことは認めるが、即決和解によつて債務を負担した場合は判決による場合と同様に被告の承認を要しないのである。

かりに承認を要するとしても、原告は訴外坂本森三らから即決和解の申立を受けるや、ただちに、その和解条項はもとより申立人らの主張の内容を被告に通知した。

三、自賠責保険金支払いの抗弁に対して

右事実は認める。

第六、証拠<略>

理由

一保険契約および事故の発生について

請求原因第一・二項の事実は当事者間に争いがない。

二即決和解について

<証拠>によれば、原告主張どおりの即決和解が締結されたことが認められる。

三不実記載について

自動車保険金請求書(乙第三号証)の事故発生日時欄に昭和四一年四月一〇日という記載および人身事故はなかつた旨の記載のあることは当事者間に争いがなく、これは右争いない事故の日時と態様に照らし不実記載というべきであるが、本件全証拠によるも、この不実記載をしたのが原告であるとの事実を認めることはできない。かえつて<証拠>によれば、次の事実が認められる<反証排斥>。

本件事故発生日である昭和四一年三月二三日の翌朝、原告は被告代理店服部モータースの訴外和田弘也に対し電話して、甲車が前日午後九時五五分頃本件交差点において人損事故と物損事故を惹起したことを告げた。それから一五日ばかりして、訴外和田が保険金請求用紙を持つて原告宅を訪ね、右用紙に原告の印鑑を押して帰つた。このとき原告は訴外和田を全面的に信頼していたため、原告の妻を介して印鑑を同人に渡しただけで、その書面の内容には目を通さなかつた。自動車保険金請求書(乙第三号証)は、事情記述欄を除いてその余はすべて当時服部モータースの事務員であつた訴外木暮章子が訴外和田から手渡されたメモに基づいて書いたものである。

従つて本件保険金請求書に不実記載をしたのは、被告会社代理店の使用人である訴外和田であつたと認めるほかはない(被告は、契約による入金が契約日振出の小切手で銀行入金されたことを挙げ、事故後契約の懸念をおそれて不実記載をする必要を争うもののようであるが、かりにそうであるとしても、右認定を左右するに足りない。)結局、右不実記載について、原告は何ら積極的に関与しておらず、被告の不実記載の抗弁は認めることができない。

四承認について

原告が本件即決和解を締結するに際し、あらかじめ被告の承認を得ていなかつたことは当事者間に争いがない。

原告は即決和解により債務を負担した場合には、判決被告の承認を要しない旨主張するのでこの点について案ずるに、自動車保険普通保険約款第三章一般条項の一一条一項七号に、「あらかじめ保険会社の承認を得ないで損害賠償責任の全部または一部を承認しないこと」と規定されている趣旨は、加害者が被害者といわゆる示談をなす場合に、いずれは保険金でまかなえるのだという安易な考慮の下に、損害額を上廻わる不適正な損害賠償額を承認し、これが保険会社を拘来するのでは、損害填補という制度の本旨に反するのみならず、保険会社としても不当な不利益を蒙ることになるので、そのような弊害を防止するため、あらかじめ保険会社の承認を要するとしたものと解される。従つて、保険契約者ないし被保険者(加害者)の債務承認に先立ち、右の意味において適正な賠償額が査定されている実質的な保障があれば、右の条項にかかわらず、判決がなされたと同様損害賠償額の確定ありと見て、保険会社の承認を不要と解すべき場合もありうる筋合である。被害者が加害者を相手取つて損害賠償請求の訴を提起し、その手続においていわゆる訴訟上の和解が勧試され、裁判所から和解案が提示された後、これを承認して和解が成立した場合の如きは、その一例であると言いうるであろう。しかしながら、本件で問題となつている即決和解においては、そもそも訴の提起がないのであつて、制度的にも、裁判所の面前においてなされたことにより当事者の意思表示に瑕疵なきことを保障するに止まり、裁判所としては、事案の内容について知るところなく、賠償額として合意せられるところが適正であるか否か断ずべき資料を有しないのが常であるから、右の訴訟上の和解におけるような例外的取扱いをなすべきない。なお原告は被告に対し即決和解の申立を受けた時に遅滞なくその内容を通知したと主張するが、右の点について結論を異にすべき事情とは言えない。

ところで保険会社の承認を得ないでなされた本件即決和解の効力であるが、このような場合の取扱いについては前約款前条二項に規定があり、保険会社は、損害賠償責任がないと認めた部分を控除して填補額を決定することとなつている。しかし本件のように、その即決和解の効力自体が争われて訴訟に係属した場合には、裁判所が決定した適正額の範囲内において保険会社が填補責任を負うものと解すべきである。

そこで本件事故によつて訴外正人、同なかが蒙つた人的損害の適正額を検討する。

五本件事故発生についての訴外正人の過失の有無

<証拠>によれば、本件事故発生の態様は次のとおり認められる。

本件事故現場は、扇橋方面から清澄町方面に東西に走る車道幅員16.7米の道路と、高橋方面から三好町方面に走る幅員一一米の道路とが直角に交わる交通整理の行われている交差点内である。

訴外正人は乙車の後部座席に訴外なかを同乗させ、清澄町方面から扇橋方面に向けて東進し、三好町方面に右折するため本件交差点中央付近に一旦停止し、対向して来る直進車を三―四台やりすごした。そして東西道路の信号が黄色に変わり、東方扇橋方面から対向進来したタクシーおよび普通乗用車が横断歩道手前において信号待ちのため並列して停車するのを見て、時速八粁位の速度で右折を開始した。そして二―三米進行した途端、東方扇橋方面から東西道路の中央線付近を信号を無視して非常な高速で進来した甲車の前部が乙車の中央左側面に激突した。甲車と乙車とが激突する寸前東西道路の信号は既に赤色になり、南北路の信号は青色になつていた。

右認定事実によれば、訴外武雄は黄信号を無視して非常な高速で本件交差点に進入し、かつ交差点内において既に右折していた乙車に甲車を激突させたのであつて、本件事故はひとえに訴外武雄の無謀運転の過失により惹起されたものというべく、訴外正人には過失相殺すべきような過失は何ら認めることはできない。

六訴外正人、同なかの蒙つた損害

(一)  訴外正人の損害

<証拠>によれば、訴外正人は頭部打撲、脳震盪症、顔面、頸部、左膝部打撲兼挫創等の傷害を受け(傷害の部位については当事者間に争いがない。)鈴木外科病院において二八日間の入院治療を受け、その間に次のような損害を蒙つたことが認められる。

1  入院治療費 一三万六五六〇円

2  付添看護費用 三万五八二〇円

3  入院中の諸雑費 二八〇〇円

(入院中の諸雑費として一日一〇〇円程度の出捐を余儀なくされることは、当裁判所に顕著な事実であるので、一日当り一〇〇円として訴外正人の入院期間中の諸雑費を算出すると二八〇〇円となる。)

4  休業補償費 一万九六〇〇円

(休業補償費についての確たる証拠はないけれども、前出甲第一九号証によれば自賠責保険の査定において、訴外正人の休業補償費として一万六六〇〇円を承認していることに徴し、同額の損害を蒙つたものと推認する。)

5  慰謝料 一五万円

(訴外正人の傷害の程度、入院日数等諸般の事情を考慮すると、一五万円が相当である。)

以上合計 三四万四七八〇円

(二)  訴外なかの損害

<証拠>によれば、訴外なかは顔面挫創、脳震盪症、骨盤骨折、右膝嵩、右大腿、左膝挫創等の傷害を負い(傷害の部位については当事者間に争いがない。)、新井田医院に四七日間入院し、その後も昭和四一年一二月までの間、毎月七日ないし一二日(七回および一〇回通院が各一度、一一回通院が二度、一二回通院が三度)通院し更に昭和四一年一二月一五日金井整形外科において、「投薬、自宅治療中でなお下肢にシビレ感が残存し、治療続行を要す」との診断を受けており、その間次のような損害を蒙つたことが認められる。

1  入・通院治療費

二五万四六〇〇円

(1) 自賠責の査定対象となつたもの

一五万五六〇〇円

(2) 自賠責の査定とならなかつたもの(甲第二三号証中交通費と薬品代を除いたもの)九万九〇〇〇円

2  付添看護費用 六万四四八〇円

3  入院中の諸雑費 四七〇〇円

(訴外正人の入院中の諸雑費の算定と同様である。)

4  交通費 四万九八〇〇円

5  薬品代 五七一〇円

6  休業補償費 二〇万円

(これについては訴外正人同様確たる証拠はないけれども、前出甲第一七号証によれば自賠責保険の査定において、訴外なかの休業補償費として二〇万円を承認していることに徴し、同額の損害を蒙つたものの推認する。)

7  慰謝料 五〇万円

(訴外なかの傷害の程度、入院日数等諸般の事情を考慮すると、五〇万円が相当である。)

以上合計 一〇九万九二九〇円

(三)  自賠責任保険の支払い

ところで、訴外正人、同なかが各自自賠責保険金を三〇万円づつ受領したこと、その支払日が被告主張のとおりであつたことについては当事者間に争いがなく、後遺症について問題とされた形跡の認められぬ以上、昭和四一年三月二三日という事故発生日時から見て、自賠責保険に基づき右両人に支払われるべき金額は右を各限度とすることが明らかである。自動車保険普通保険約款第二章の一条二項により、被告の負担すべき額は自賠責保険により支払われるべき額を超過する額に限るのであるが、本件の場合は、右金三〇万円宛を各自の右の損害額から控除した額が右の超過額となるわけであり、すなわち、訴外正人の残額は四万四七八〇円となり、訴外なかの残額は七七万九二九〇円となる。従つて被告が同訴外人らに支払うべき金額は、八二万四〇七〇円となる。

(四)  既払額

弁論の全趣旨により成立の認められる甲第四号証によれば、本件即決和解に基づく支払いとして原告が同訴外人らに対し昭和四二年六月二日二〇万円を支払つたことが認められる。原告がこれとは別の支払いであると主張する同四一年四月一二日から同年六月一六日までの間の合計三一万五三〇〇〇円支払いの事実については、これをそのとおり認めるに足る証拠はないが、原告本人の供述に徴し成立を認めうる甲第七、八号証によれば昭和四二年九月二三日に五万円が支払われたことが認められる。

七本件請求の趣旨について

請求の趣旨によれば、原告は即時給付を求める金額としては五一万五三〇〇円およびこれに附帯する遅延損害金に限定し、他は昭和四二年八月から毎月一日五万円宛と期限を附しているのであるが、自動車保険普通保険の賠償責任条項上、被告の填補責任は被保険者である原告が「法律上の損害賠償責任を負担すること」(約款第二章一条一項)によつて生ずるのであつて、損害賠償義務を履行して後に初めて生ずるわけのものではなく、この理は、原告の賠償責任が本件即決和解のようないわゆる割賦払い条項によつて定められた場合においても同様であつて―前記保険会社としての点は別論として―かかる賠償責任の定められたときに全額について填補責任を生じるのであり、各割賦払いの期日ごとに生ずるものではないと解すべきものである。従つて、原告は、本件において、請求の趣旨を即決和解の条項に合せて前記のように期限附にする必要はなかつたと考えられるが、本件において請求を認容せられるのが前記の合計額八二万四〇七〇円に止まる関係上、昭和四二年八月分から起算し、昭和四三年二月には認容される全額について既に期限が到来していることとなるので、本件主文において期限を附する部分はないこととなる。

八結論

よつて原告の本訴請求中、前記八二万四〇七〇円およびうち二〇万円に対する前記訴外人らに本件即決和解の一時金として支払つた日の翌日である昭和四二年六月三日から、うち五万円に対する右同様の日である同年九月二四日から、各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。(倉田卓次 荒井真治 原田和徳)

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